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コレクティブ・インパクトとは何か ~アメリカのデモクラシーとエビデンスによる意思決定~

2016年07月25日

 昨今、ソーシャルセクターにおいて「インパクト」という言葉が、頻繁に用いられるようなっている。非営利組織により大きな効果が求められているということだろう。
 だが、この20年ほど、ODA(円借款)、大学、NGOやNPO、行政府、マニフェスト(政治)の評価に着手してきたが、実のところ大きな効果を生んだケースはめったになかった。「そんな急に、インパクトを出す非営利活動が増えるものだろうか?」と疑問が頭をよぎる中、「コレクティブ・インパクト」という課題解決のアプローチに出会った。それは、教育活動の効果が伸び悩む中、どのようにスケールアップさせるのかという問いから生まれているものだった。長年、評価に従事している者としては、直観的にその考え方がより現実味を帯びているように感じた。

 文科省の中央教育審議会でコレクティブ・インパクトについて発表する機会があった。同席していたNPO関係者から、「私たち業界で話していたコレクティブ・インパクトと異なっていた」と言われた。私の仕事がら評価論、教育政策の視点からそれを捉えていたからかもしれない。

1. 3つの悩みにひとつの解を提示するもの

 ・エビデンス・ベースの意思決定というが、どのように実施・運営するのか?
 ・教育現場において、学校、NPOなど様々な活動が実施されているが、それらの効果をどうスケールアップさせていったらよいのか?
 ・大学と地域の連携、社会貢献が謳われているが、それをどのように進めていったらよいのか?

これらの異なる3つの悩みに、ひとつのソリューションを提供しているのがコレクティブ・インパクトだ。これは、2006年、オハイオ州シンシナティで始められた教育課題の解決に向けたアプローチの名称である。それは、以下を特徴とする。
 ・「ゆりかごから就職まで」をキャッチフレーズに包括的に教育課題に取り組む
 ・多様なメンバーによる緩やかなネットワーク
 ・ビジョンを共有する
 ・そのビジョンを実現するために行動指針を共有する
 ・それに基づき実行プランを作成
 ・可視化されたデータに基づく進捗管理とコミュニケーション
 ・効果のスケールアップ

2. コレクティブ・インパクトとは何か
 コレクティブ・インパクトと呼ばれるアプローチのオリジンはシンシナティで始まった「Strive Together」というネットワークであるが、目覚ましい効果を生んでいる。例えば、この10年間で、シンシナティおよびケンタッキー北部の91%の学生の学業指標が向上している。また、シンシナティの4年生の76%の学生の国語力が21%、向上している。
 そして、現在、コレクティブ・インパクトのアプローチを採用している団体は全米で9600以上で32州に広がっている。

 Strive Togetherの生みの親の一人は、シンシナティ大学ディレクターに着任したNancy Zimpher女史であった。彼女にはある懸念があった。それは大学生の多くが学力が不十分なまま入学し、十分に学業を修めないまま卒業し、そして就職してゆくことだった。そして、彼女は、地元の財団関係者やUnited Wayと非公式の対話を始めたのだった。するとその対話の輪は徐々に広がり1年も経つと、Strive Togetherのネットワークに成長していったのだ。同時にその議論から、今直面している大学生の問題は、高校に留まらず、幼児にまで遡って取り組まねば解決しない問題であることがわかってきたのだった。

 このネットワークに参加したのは、大学、大学連合、公立学校、教職員連合、NPO 財団、そして企業である。それぞれの立場で教育に懸念を抱いていた者ばかりだ。例えば、大学関係者はNancyと同じ問題を共有し、公立学校は生徒の学力を懸念している。NPOや財団は活動効果がなかなか現れないことを懸念していた。企業にとっては、大学生の学力低下は雇用の質の問題そのものであったのだ。
 そして、Strive Togetherのメンバーは、「ゆりかごから就職まで」というビジョンを描き、行動指針を策定し、ゴールと指標を設定し、実行プランを推進していったのである。

3. コレクティブ・インパクト成功の柱
 コレクティブ・インパクトが全米で注目された背景には、それが特定地域の一過性の成功ではなく、モデルとして汎用性を持たせるべく当初から大学による調査・分析がビルトインされていた点にある。
 彼らは、このモデル成功の柱を4つほど掲げている。特に興味深いのは、「エビデンスに基づく意思決定」と「投資と持続性」だ。彼らは、自らのビジョンのもとに5つのゴールと指標を設定した。その5つのゴールごとに、50団体ほどからなるワーキング・グループ(WG)を作っている。WGメンバーは、自らのゴールを達成するために、さらに細かな指標を選定していった。最初には150ほど提案されたものを、合議によって10ほどに絞っていったという。
 そして、指標に基づいてデータを収集するが、データを提供するのは教育現場で活動するソーシャルワーカーや教職員たちだ。ファックスや電話などばらばらな方法で提出されていたデータを、オンライン化し、ひとつのデータベースにまとめあげるという難題にチャレンジしたのは、Strive Togetherに参加した企業(マイクロソフト、P&G等)だった。その分析結果を可視化して、WGを構成するメンバーにフィードバックし、進捗を共有するのである。

 「投資と持続性」でカギを握るのは、収入源の多様化とバックボーンと呼ばれるコーディネーターの存在だ。この活動は効果が出るまでに少なくとも5年はかかる。長期間にわたるプロジェクトの場合、資金源をいかに確保するかが肝要になる。立ち上げの際、財団が資金を出した。そして、企業も資金を提供したが、複数年にわたる提供を確保するためにも可視化されたデータが説得材料になった。そして、効果が見え始めるころ、自治体が資金を拠出したのであある。
 
 Strive Togetherは緩やかなネットワークであり、本社が存在し、上位解脱でメンバーに仕事を命じ、管理する形態をとっていない。メンバーが納得し、自発的に行動することが大前提なのである。だが、各メンバーが別々のベクトルを向いて活動しているのでは、効果のスケールアップは期待できない。調整役が必要だった。そこで採用されたのがバックボーン、すなわち”背骨”と呼ばれるスタッフだった。彼らはデータをもとに丁寧にメンバーたちとコミュニケーションをとっていったのである。

4. 徹底したデモクラシー
 偶然にも、教え子が、アーカンソー州で、バックボーンとして、コレクティブ・インパクトの立ち上げに従事していることがわかった。彼によれば、WGに費やした時間は100時間、ベースラインデータを取るために48のフォーカス・グループ議論を行い、6千人の教員、2千人のNPO関係者にアンケートを取った。また、会議は全員参加、全員納得するまで話し合いが続けられたという。それが緩やかなネットワークであることから、メンバーが自発的に行動するためには、腹の底から納得してもらう必要があったからだろう。
 それでも、彼は、負担ばかりを強調しないで欲しいと述べた。そのプロセスがあるからこそ、人々はより強いモチベーションを維持することができるのだろう。自ら課題解決をしようとする自立した姿勢、徹底した合議から、アメリカのデモクラシーの精神を垣間見た気がした。

 コレクティブ・インパクトが、先に挙げた3つの悩みに解を提示しているとすれば、日本にも適用できる可能性はある。なぜならば、この3つの悩みは、今まさに、日本の教育政策と教育現場が抱える悩みだからだ。但し、安易にアメリカモデルを輸入したり、ツールキットだけを持ってきてもうまくゆかないだろう。社会や制度環境に加え、人々の自立的な発想など考え方に違いがあるからだ。その違いを明らかにして、日本型モデルへと昇華してゆく必要がある。容易くはないが、それが叶えば子供たちだけでなく、多様な人々がその恩恵を受けることになるだろう。

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