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医師の社会人基礎力

2015年01月17日

1. 社会人基礎力とは
 社会人基礎力とは、社会人生活、職業生活において求められる人としての力量をさし、コミュニケーション力、課題解決力、忍耐力、創造力、批判的思考力などが挙げられる。その定義が曖昧であるのと同様、名称も汎用的スキル、Transferrable Skillなど複数の言い方がある。
 私自身も、うまく説明ができないもどかしさを抱えているが、少なくとも、形式知として学ぶことのできる技術や知識とは異なり、限りなく暗黙知に近い類のものであると思う。

 最近では、産業界が大学卒業生に求める第一の能力として、社会人基礎力が挙げられることが多く、大学や政府関係者はいかに社会人基礎力を学生に身に着けさせるのかやっきになってその方法を模索している。また、河合塾などは学生の社会人基礎力を測定するための能力テストを開発している。
 だが、社会人基礎力が形式知ではなく、暗黙知に近いものであるとすれば、それをキャンパス内でどこまで教えたり、測定できるものなのか。

2. ある在宅医が語る医師の社会人基礎力
 在宅医として活躍する武藤真祐医師と医療経済学者の井伊雅子教授と話す機会があった。お二人には、妹を看取ってくださった在宅医を紹介していただという経緯があり、御礼と報告も兼ねての面談の機会だった。そのような中で、若手医師の育成、特に在宅医の育成のことが話題にのぼったのだ。
 ちなみに武藤医師は42歳の気鋭だ。医学部を卒業後、臨床に従事しながら、INSEADでエグゼクティブMBAを獲得し、マッキンゼー社でコンサルタントを行っていたこともあるという経歴の持ち主だ。武藤氏の事務所は、巣鴨のエレベーターのないマンションの3Fにある。在宅医であることから、事務所に医療機器はおかず、スタッフ50人が事務の仕事を行っていた。巣鴨(文京区)に事務所を開いたのは、この地域には大学病院が複数存在し競合しており、ここで在宅医として経営ができれば、在宅医業が成立するだろうと考えたのだという。

 武藤医師によれば、医師の力量というのは、大きく2つから構成される。ひとつは確固たる医療技術を有していること。もうひとつは、汎用的スキル、つまり社会人基礎力のことだ。
 在宅医が対応する多くの患者が、末期がんなどで最期を自宅で迎えようとしている人々だ。そのような人々にいかに受け入れてもらえるのかが最も重要になる。元経営者の患者の場合には、感傷的な言葉をはさまず論理的に説明することで受け入れてもらったという。新興宗教を信じ、治療を拒否していた患者の場合には、振興を尊重しながら、少しずつ緩和のための治療を受け入れてもらった。共感を求める患者には、そうした言葉をかけて対応するという。つまり、今ある患者の心身状態のみならず、患者がその人生で背負ってきたものを理解しながら、瞬時に対応の仕方を選択し、うまくいかないとわかったら切り替えなければならないのだ。
 ちなみに、妹の在宅医の場合は、言葉をストレートに投じながら、妹にしっかりと対峙することで、彼女の心を開かせていた。武藤医師は、「妹の琴線にカチッとはまってくれたのでよかったが、失敗すると往診拒否になるというリスクの大きい方法で、相当な判断力を要する」と説明してくれた。

 武藤医師の説明は社会人基礎力が何であるのか、明快に示してくれているが、同時にそれがいかに難しいものであるのかを示している。武藤医師、井伊教授らは、若手医師にこの社会人基礎力をどう身に着けてもらえるものかが大きな課題であると述べていた。特に医学部の学生の場合、高校生の頃に学業成績がよく、周囲が進めるので医学部に進学した者も少なくないという。臨床の現場は、高齢者も多く、重労働の世界だ。学業成績の高い学生らが属する医学部と臨床現場のギャップに悩む者も多いようだ。しかし、これも教育や訓練で随分と解消することができるのだという。
 武藤氏によれば、教育のポイントは「多様性」だそうだ。自らと異なる多様な背景や課題を抱えた人々に出会い、理解することをさしているのだろう。これを学ぶ機会をどのように作ってゆくのか。少なくとも座学で教えようとしていない。現場の経験とその経験を昇華するための助言やメンターの存在、あるいはモデルとなる先輩の背中のようなものが大きな役割を果たすのではないか。様々な試みがなされようとしているが、是非、フォローしてゆきたい。

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