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浅田真央 天才と2つの集中力

2014年02月22日

1. 深く大きな感動を与えたフリーの演技
 ソチ五輪での浅田真央のフリー演技に心が震え、涙した。深夜にテレビの前で正座し、祈るような気持ちで観ていた。しかし、リンクに上がった彼女のふっきれたような顔をみた瞬間「大丈夫」と思えた。その後は、余分な力が全く入らず、8トリプルという前人未到の挑戦をしていることを感じさせない、優雅で力強い演技にどんどん引き込まれていった。フリーの得点は3位だったが、パフォーマンス全体としての美しさは、浅田真央が一番であったと思っている。そしてこの感動が日本中で、いや緊張関係にある中国でさえ共有されていることを知り、改めて浅田真央という人の凄さに驚いた。

2. 浅田が答えたフリーへの切り替えの理由
 感動のフリー演技の翌日は、各局で浅田真央を特集しインタビューを行っていた。中でも2つのインタビューが興味深かった。ひとつは荒川静香によるインタビューであり、もうひとつはNHKのニュースでのインタビューだ。
 誰もが尋ねたのは、落胆のショートの演技から、あのフリーへとどう切り替えたのかという点だった。荒川静香の質問に対して、浅田真央は「よくないことかもしれませんが、やはり前日のショートの失敗があったからこそ、翌日のフリーができたのだと思う。」と答えた。失敗しても、もう失うものはない、チャレンジして失敗したよりも、チャレンジしないことの方が悔いが残る、という良い意味での開き直りができたという意味だろうか。

 だが、より腑に落ちたのは、NHKのインタビューでの浅田の答えだった。「ショートでは団体戦のことがよみがえってきて緊張してしまった。でも、こんなに緊張するのは集中できていないからではないと気づいた」というものだった。
 浅田真央はこのことを無意識に答えているが、集中力について、とても本質的なことを指摘しているようにみえた。

3. 2つの集中力 
 集中力といえば、ひとつの事柄について、熱心かつ継続的に思考したり、忍耐強く行動することを思い起こす。そして大成する人や偉業を成す人はこうした持続的な集中力をどこまで持ちえたかによるのだと言われることが多い。
 だが、浅田真央がインタビューの中で述べた集中力は、先の持続的な集中力とは少し意味が異なるようにみえた。そして、彼女の言葉から2人の天才と呼ばれる人物を思い出した。一人は、指揮者の小澤征爾であり、もうひとりは世界的な統計学者であった林知己夫である。

 小澤征爾は、長年、長野県松本市でサイトウ記念オーケストラとともに音楽祭を主催している。あまり知られていないが、音楽祭の前に地元の小中学校の校舎を会場にして練習を行い、子供たちのためにミニコンサートを行っている。それを支えているのは多くのボランティアだ。ボランティアの知人から、小澤氏について興味深い話を聞いたことがある。「とにかく、バスケットボールや野球と、小澤さんは校庭で仲間たちとよく遊んでいるんです。それもすごく熱心なんです。でもオーケストラの練習が始まった途端、一瞬にして音楽に入り込んでしまった。すごい集中力」というのだ。「なるほど、天才ってこういう人をいうのだね」と知人と妙に納得して話したことを思い出した。

 林知己夫は、数量化III類という統計手法を編み出し、世界の統計学のみならず、数学や社会学の研究者から尊敬されていた人物だ。林氏のそばで仕事をしたことがあるが、仕事に対する集中力はすざましいものがあった。だが、夫人によれば、林氏は多くの趣味をもつ人物だった。「夕食が終わったと思ったら、すぐにトランペットの練習を始め、そうかと思ったら仕事に没頭しはじめていて、とてもめまぐるしいですよ。」と述べていた。またその切り替えが恐ろしく早く、しかもどれにもマニアックに打ち込んでいたようだ。
 小澤征爾と林知己夫の両氏に共通するのは、切り替えの速さであり、その後の集中力の深さである。

 集中力が天才の条件であることに疑いを持つ人はいないだろう。そして、それは持続的な集中力のことを想起しやすい。だが、もうひとつ重要な集中力があるのではないだろうか。それは、切り替える集中力だ。切り替えることができるからこそ、それまで自分が置かれていた環境を遮断して、ひとつのことに深く集中できるのではないだろうか。
 浅田真央は、自らの緊張の理由を集中ができていないことにあることに気づき、腑に落ちたことで、切り替える集中力を発揮できたのではないだろうか。バンクーバー五輪以降の浅田の努力をみれば、彼女は並外れた持続する集中力を備えていたのは明らかだ。だがフリーですばらしい演技ができたのは、持続する集中力というよりも、切り替える集中力を発揮できたからではないか。ショートで失敗して開き直れたのはそこから切り替える集中力を発揮できた結果なのだと思う。
 そして、彼女が殆ど無意識に答えていた「緊張するのは集中できていないからなんだと思った」という言葉の意味を反芻し、その感覚を自分のものししてほしいと願っている。それができた浅田真央はきっと一回りも二回りも大きくなるに違いない。

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