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社会人基礎力を誰が教えるのか

2013年06月11日

1. 経産省が打ち出した「社会人基礎力」 
 大学生の学力低下や能力不足が指摘されているが、こうした状況を反映して、2006年に「社会人基礎力」というコンセプトを最初に打ち出したのは文科省ではなく、経済産業省だった。大学生の能力低下の問題の影響を真っ先に受けるのは産業界だからだ。社会人基礎力は、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力と12の要素から構成される。それが、学力とは別種の、社会人としての常識や他者と働くための人間力のことを指しているのが特徴である。
 実は、社会人基礎力の問題は、先進諸国で深刻な問題として議論されており、日本での議論はむしろ遅い方だった。OECDでは汎用的コンピテンシー、米国ではWorkplace Knowhow, 英国ではコア・スキルなどと呼ばれているが、その内容は、課題解決力、コミュニケーション力、責任感、チームワークなどだ。
 日本の高等教育会もこうした風潮を受け、大学生の学習成果の課題として社会人基礎力の問題を重視するようになっている。最近では、この能力をテストによって測定する業者も出てきた。これらの論調の前提になっているのは大学が学生の社会人基礎力を育むということだ。大学生が教育の最終出口だからだろう。だが、本当に、大学が社会人基礎力を教えることができるのだろうか。

2. Teach for Japanの学生研修 
 そんな疑問を抱いている時、Teach for Japan(TFJ) の学生研修担当の入澤 充さんが訪ねてくれた。早稲田大学4年生でTFJの創設メンバーであり、学生向け研修担当責任者である。TFJは、家庭や経済的理由で学習障害を抱える子供たちに、大学生を教師として派遣するプログラムを展開しているが、Teach for Americaをモデルにしたものだ。日本では、週末に子供たちの学習指導を行う「寺子屋」プログラム(新名称はLearning for All)も足立区や葛飾区などで展開している。
 入澤氏は、寺子屋プログラムで学習指導にあたる大学生のために研修プログラムを開発している。寺子屋で学ぶ生徒には通常の授業についてゆけない者が多い。テストを行うと最初の1問でつまずいたまま50分を過ごしてしまう子供もいる。しかし、プログラム終了後には飛躍的に学力が伸びるという。IQ80と言われていたが、高校に進学し、今では学年50番になった生徒もいるという。明らかに成果が出ているのだ。

 しかし、今回、私が関心を抱いたのは、生徒ではなく、大学生の成長だ。大学生は3か月間、寺子屋での学習指導に従事するが、計4回の研修を受ける。まず、事前研修として1日10時間の研修を2日間受ける。次に、初回の講義の翌日に10時間、中間時期に10時間、プログラム終了時に5時間の研修を受ける。かなりハードだがドロップアウトしたものは一人もいないという。

 研修の内容もユニークだ。初日は、子供たちの現状と課題について説明し、彼らの未来を切り開くこと、そのために成果を出すことを徹底的に話し合う。2日目は、子供の話にいかに耳を傾けるのか、子供が抱える問題のシグナルをどう察知するのかを学んだ上で、算数や英語で子供たちが何につまづいているのかを学ぶ。そして、指導計画の作り方、成績評価の仕方を学ぶ。これらの内容は、教授法などのテクニックというよりも、子供たちとの向かい合い方、コミュニケーションの取り方に焦点があてられている。そして、3か月のプログラム終了時には、5時間の総括のための研修を受け、学生は生徒一人ひとりについて、学力や精神面で何を獲得できたのかについて詳細のレポートを作成する。

3. 大学生の成長と共感のマネジメント
 入澤氏によれば、寺子屋で教師をつとめた大学生は確実に成長しているという。その内容として、自分の頭で考える力、努力を継続する忍耐力、課題を解決しようとする責任感などを挙げてくれた。だが、最も大きな成長の跡がみられるのは、「共感力」だという。生徒たちの言葉に耳を傾け、辛い境遇を悲しみ、成長を喜びを感じる。そんな共感の力が飛躍的に伸びているのだという。TFJでは、比較的優秀な学生が選抜されている。だが、子供たちを前に、理論や知識だけでは通用しないことを幾たびも思い知ることになるが、そうしたやりとりの中で、次第に共感の力を身に着けていっているようだ。
 毎年、50人ほどの大学生が巣立ってゆくが、昨年はマッキンゼー、アークセンチャー、BCGに8人が就職したという。将来、学校を創設すべく準備を始めた学生もいる。

 入澤氏に、少し意地悪な質問をしてみた。「大学生の成長は、寺子屋の実践だけでも可能ではなかったのか?」と。彼の答えは明快だった。研修も実践も不可欠である。研修だけであれば、それは知識で終わっていただろう。しかし、実践があったから、その知識が能力になったという。そして、継続なくして成長はあり得ないという。
 「では、継続の源泉は何?」と尋ねてみた。その答えも明快だった。「子供がかわいい」という気持ちと、寺子屋で仲間やスタッフと過ごすことが楽しいと思えることだという。

 TFJの学生たちが獲得したのは、明らかに社会人基礎力である。だが、NPOだから社会人基礎力を教えることができたと言いたいのではない。重要なのは、社会人基礎力は共感のマネジメントの中での実践ときめ細やかなフィードバックの育まれるという点である。
 「大学が社会人基礎力を教えることができるのか」という疑問が再び頭をよぎった。どうやら、大学は、社会人基礎力を教えるのに最適な場ではないようだ。

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