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評価論からみたフィギュアスケートの採点システム ~国際審判員に聞く~

2014年04月01日

1.グランプリ・ファイナル後に記したブログ

以前「浅田真央が突いた評価論の本質」というタイトルでブログを記したことがある(http://blogos.com/article/75638/)。昨年12月に福岡で行われたグランプリ・ファイナルで、浅田真央選手のショートプログラムで飛んだトリプルアクセルが、回転不足と採点されたが、彼女があまり気にしないという趣旨の発言をしたことに、ドキッとしたこと。それは、採点システムについてある種のモラルハザードの可能性を感じたからで、それゆえに採点ルールの見直しが必要だということを評価論の視点から述べた。
だが、このブログには審判の視点はなかったために、いつか審判の話を聞きたいと思っていた。そして、ついにそのチャンスを得ることができた。先日まで行われていたフィギュアスケート世界選手権に来ていた国際判員の話を聞くことができたのだ。2時間半に及ぶ話は、フィギュアスケートへの愛に溢れていたが、同時にフィギュアスケートの採点をめぐって細部にわたる試行錯誤が続いていることがわかった。
 そこで、ヒアリングの一部について記したいが、ここで記すことはあくまでも私の私見であることをお断りしておきたい。

2.恒常的な見直しを前提に構築された採点システム
(1)現行の採点システム
 現在の採点システムが導入されたのは2004年-2005年シーズンで、今年は、10年目にあたる。2003年以前は6.0を満点として、技術面と芸術面を評価する採点方法が採用されていた。以前よりこの採点方法の課題は指摘されていたが、ソルトレイクシティ・オリンピックでのスキャンダルが大きな転機となり、現在のシステムに大改正された。
 現在は、技術点(技術要素の基礎点±出来栄点の3点)と演技構成点(要素のつなぎ、身のこなし、振り付け、曲の解釈の5要素について各10点満点)で採点され、その合計点で競われることになっている。
 この採点システムのもとに、各種審判が判定を行うが、そのための細かなガイドラインが準備されている。例えば、トリプルアクセルの判定でよく耳にするジャンプのダウングレート(技の格下げ)、アンダーローテーション(回転不足)の判定はその典型例だ。実は、数年前まではアンダーローテーションという判定項目はなく、ダウングレードの判定しかなかった。そのためトリプルアクセルを十分に回り切らないと、即、1回転少ないダブルアクセル以下の基礎点に格下げされていた。しかし、アンダーローテーションを導入したことで、トリプルアクセルの基礎点をベースに減点されることになった。つまり、判定を細分化することで要件緩和をしたのだ。

 また、国際スケート連盟(ISU)は、2年に1度、定期的に採点ルールを見直すことを定めている。では、誰がどのように見直しを決めるのだろうか。ISUのもとには、Technical Committee(TC)と呼ばれる技術委員会がおかれている。彼らは、審判団の評価を行い、ルール改善点についてISU理事会に提言している。また、改善案の提案ルートはおおきく2つある。ひとつは審判団である。彼らは大会ごとに審判チームは振り返りの議論を行っているが、これらを集約して提案としてまとめ提出する。そしてもうひとつは各国スケート連盟からである。そして、各国スケート連盟の提案は、自国内のコーチや選手の声をもとに作成されている。
 つまり、採点システムは2年に1度の改正を前提に構築されているが、改定の根拠となるのは、競技現場の審判、指導現場(コーチや選手)からの声である。

(2)ルール改正案採択の観点
 では、何をもって改正が決定されるのだろうか。審判団や各国スケート連盟からは様々な改正案が提案されるが、その採択の可否については、次の観点から議論されるという。
 ・透明性および公正性
・スポーツとして発展するもの(難しい技や新技へのチャレンジなど)
・観客にわかりやすいもの
・合理性を数値で表せるもの

 特に、スポーツとしての発展性にかかる観点は重視されているようで、それを象徴しているのが、4回転ジャンプの判定方法の改正である。バンクーバーオリンピックでは、多くの男子選手が4回転ジャンプを回避する選手が多く、実際、4回転を飛ばなかった選手が1位になった。難しい技にチャレンジするよりも、より易しい技で出来栄えをよくする方が、より高い点が得られるような採点システムになっていたからだ。
 そこで、ISUは、バンクーバーオリンピック後に4回転ジャンプの基礎点を引き上げ、減点ルールを緩和する改正を行った。その結果、現在では、上位選手のほぼ全員が4回転を飛ぶようになった。採点ルール改正が選手のチャレンジを促した顕著な例だ。

(3)審判の評価が行われている
では、審判団はどのように構成されているか。現行の採点システムを導入してから、審判の種類も数も増え、複雑な構成なっている。イベントレフェリーと呼ばれる審判は審判団の最終責任者である。その下に、技術要素を判定する審判チームと演技構成点を判定するチームがある。技術要素のチーもムは、テクニカルコントローラー、テクニカルスペシャリストがおり、コントローラーの監督のもと、スペシャリストがジャンプの認定や回転不足、ジャンプ以外の技(スピンなど)の水準判定を行っている。
 演技判定チームは、各演技要素の出来栄点と演技構成点にかかる判定を最大9名で行っており、彼らの採点結果の最も高い点と低い点を外して、平均点を出す。例えば、トリプルアクセルでよく話題になるのは、回転不足と出来栄点の高低だが、回転不足はテクニカルスペシャリストたちが判定し、出来栄点は演技審判が判定している。 

 では、どのような人物が審判になるのだろうか。彼らは国際スケート連盟から認定された者で、多くは、元スケート選手やコーチであるという。そして、彼らは、定期的に研修を受けるが、ルール改正の内容をキャッチアップするためにも研修出席は必須であるという。例えば、出来栄点は±3点であるが、プラス点、マイナス点のおのおのに、8つのガイドラインがある。判定の対象が要素ごとに細かく区切られたことで、学ばねばならない点が急増しただけでなく、確認しなければならない改善点も急増したという。このように、4分間の演技の中に組み込まれた種々の技の要素を瞬時に判定してゆくため、審判には、フィギュアスケートの知識のみならず、かなりの動体視力が必要であるようにみえた。
 さらに興味深かったのは、審判の評価(アセスメント)があるという点だ。各試合における審判の判定状況について評価されており、極端な判定を行った場合には厳重に注意され、ペナルティーが課せられることもあるという。

3.ファンと採点結果のギャップはなぜ生まれるのか ~再現性のジレンマ~

審判の評価を定量的にできないのか尋ねてみた。たとえば、審判の採点結果と最終採点結果との差を算出することで審判の評価をより客観的にできるのではないかと思ったのだ。だが、それは不可能であるという答えが戻ってきた。つまり、各競技会、各審判団による変動要因が多く、標準化できないというのだ。これは、競技会あるいは審判員の構成によって採点結果に変動があるために比較ができないことを意味している。そして、私には、そこにこそファンの批判や不満の源泉があるように思えた。
 ファンが最も批判することのひとつに、同じようなジャンプを跳んでいながら、なぜ、競技会によって採点結果が違うのかという疑問がある。これは、採点は常に同じ結果が得られなければならないという、再現性の原則に基づいた発言で、科学の世界ではきわめて正当な指摘だ。
 しかし、先の審判の答に鑑みれば、現在の採点システムでは、そこまで厳格な再現性を担保してはいないことがわかる。その食い違いがファンの不満の源であるように見えるのだ。

 現採点システムにおいて、再現性をより高める余地はまだあるようにみえる。そのためにはさらなる採点の細分化や厳格化が求められるかもしれない。それは、審判である評価者の主観を排除するためのものだが、同時に感性を排除することにつながる可能性がある。その結果、演技の成熟度やスケーティングの美しさのような視点が薄れてしまうかもしれない。
つまり、技術と美を競う採点競技にはある種のジレンマがビルトインされているようにみえるのだ。それは、観客と審判の間の再現性をめぐるジレンマであり、そして審判と採点システムの間のジレンマだ。その意味で、フィギュアスケートの採点システムは、二重の意味での再現性のジレンマを孕んでいるようにみえる。

ヒアリングに応じてくれた審判は、選手やコーチのみならず、観客も含めて納得できる結果を数値によってどう導くかは、今後も検討を続けなければならない課題であると述べていた。これからも採点システムの不断の見直しと試行錯誤が続くことを想起させるコメントである。

4.政府や大学の評価が学ぶこと ~イノベーションのための評価~

最後に蛇足を記すことをお許しいただきたい。それは、フィギュアスケートの採点システムを評価論から捉えると、以下のような豊富な教訓を見出すことができるという点だ。

・採点の対象となる演技の内容を細かな要素に細分化することで、数値化をより緻密なものにし、客観性を増そうとしている。
・ただし、細分化による採点が、演技全体の成熟度などの視点と一致せず、むしろ
こうした視点が薄れる可能性を孕んでいる(部分の積み上げが全体の評価と必ずしも一致しない)。
・フィギュアスケートの採点システムにはPDCAメカニズムがビルトインされている。つまり、採点
基準やルールを改正することを前提に仕組みが作られている。
・改善の情報源は、競技会やコーチの現場からの情報が基本となっている。
・改善の視点は、選手や審判のみならず、観客の視点も含まれており、ステイクホルダーが意識され ている。
・審判の評価、つまり「評価者の評価」が行われている。

これらの点は、政策評価や大学評価でも重視されていながらも、未だに明確な解に到達していない点でもあり、予想外に共通点が多い。
 他方で、ハットさせられた点もあった。それは、フィギュアスケートのルール改正はチャレンジ、つまりスポーツにおけるイノベーションを促すことを第一義に行われている点である。
政策評価や大学評価では、説明責任に重きがおかれてきた。事業改善もよく言われてきたが、それは被評価者の警戒心を軽減するための方便として使われてきたところがある。しかし、フィギュアスケートの評価は加点と減点をうまく調整して、チャレンジ精神を促そうとしており、実際にその効果が出ているケースもあった。この点は目から鱗だった。評価というと、とかく、後ろ向きの印象が強く、私もそのような発想に染まっていたからだ。だが、フィギュアスケートの採点方法に鑑みれば、政策や大学評価においても、より前向きの評価方法があり得るのかもしれない。

最後に、ヒアリングに応じてくださった審判に感謝したい。真に楽しい2時間半であった。それは、観戦する者であれ、審判する者であれ、フィギュアスケートを愛する心に変わりがないからだろう。

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