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退職後の不安 ~古くて新しい国境を超えた課題~

2018年05月04日
  1. 「人生100年時代」と定年後の不安

最近、定年退職後や老後の不安にかかる記事や書籍が増えている。リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著(2016)『ライフ・シフト 人生100年時代の人生戦略』がヒットしたことや、安倍政権が政策としてこの問題を取り上げたことで、拍車がかかったのだろう。昨年秋から、厚労省系のシンクタンクと共に実施した企業人へのヒアリングでも『ライフ・シフト』に言及しながら、戸惑いを感じたと述べる者が複数いたが、いずれも45歳以上で、何らかのかたちで定年を意識している人々だった。

しかしながら、定年後の生き方や不安にまつわる問題提起は、最近、始まったことでも、また日本特有のものではない。それは50年以上前から指摘されてきたことなのだ。

 

  1. 40年前のハーバート・ビジネス・レビューから

40年前に米国のHarvard Business Reviewに掲載されたBradford, L.P(1979)の「Can you survive your retirement? 」は、経営学のみならず医学分野等で、今日でも引用されている論考である。Bradfordは、自らの経験に基づき退職にまつわる心的問題を率直に論じている。彼はバラ色の退職ライフを求めて、毎日ゴルフを楽しめる土地に引っ越したが、間もなく心的に辛くなってゆく。ゴルフだけでは一日の時間は持て余してしまう。ボランティア活動でも満足できない。愚痴をこぼす毎日に、妻との関係も悪くなってゆく。

そして、Bradfordは、なぜ、退職が、進学や就職、転職といった他のトランジションに比べて難しいのかを考察する。まず、組織から離れ、所属する場がなくなり、社会とのつながりを失うことを挙げている。また、就業している時は、アサイメントがあり、定期的に達成状況が確認してきたが、退職すると、その達成感もなくなる。また、職場ではレディーメードのルーティンワークがあったが、退職すれば全ての時間の過ごし方を自分で決めなければならない。また、組織が提供してくれるサポートは予想以上に多く、退職前にリストアップしておけばよかったと後悔する。そして、退職前に着手したいと思っていた新たなスキルや興味も、いざ退職後になってみると難しいと感じるようになったと述べている。退職によって、地位や影響力も失うことになる。すると、今度は家長として権威や影響力を鼓舞しようとする者もいるが、ターゲットとなるのは大抵、妻である(特に客人の前で)。

このように、退職後に遭遇する数々の変化についてゆけず、自己を「役に立たない者」と否定的に捉え、妻や家族、そして友人関係にも変調をきたしていたのは、自らだけでなく、知人もそうであったと述べている。そして、「人々は、就職準備には何年もの時間を費やすが、退職という一大イベントには殆ど準備をしていない」とBradfordは述べる。

 

  1. ドラッカーが提唱した第二の人生

P.F.Druckerは、1969年の著書『断絶の時代』(ダイヤモンド社)で、「退職年金はけっこうな制度であるが、退職の心的準備がうまくなされているかというといそうではない」と述べている。そして、知識ワーカーの労働寿命が延びるため、第二の職業機会を設けるべきであると述べる。知識ワーカーとは、高等教育を受け、ホワイトカラーとして仕事に従事している者をさしているが、ブルーワーカーに比較し、肉体的・精神的に仕事に従事できる時間が延びることになる。その労働寿命に対応してゆくには、第二の職業を見出す必要があるというのだ。そして、第二の職業として、教育や医療福祉分野での仕事、また、そうした分野でのボランティアも示唆している。

その30年後、Drucker(1993)は『明日を支配するもの』(1999年)で、「中年の危機」という言葉を用いて、同じ仕事を数十年続けることで、飽きが来たり、心身の疲労に見舞われることを指摘している。その対処方法のひとつとして、第二の職業を考え、パラレル・キャリアを持つことを勧めている。パラレル・キャリアとは、本業の他に、別の世界を持つことをさすが、Druckerは、非営利組織で。パートタイムの仕事やボランティアとして働くことを挙げた。興味深いことに、次のような問題も指摘している。30年前に第二の職業として、ボランティアが増えてゆくことを予測したが、そうはならなかった。なぜならば、未経験の人が退職後、60歳になってからボランティアになることは難しかったからである。

この問題も米国に限ったことではない。日本の労働政策研究・研修機構では、退職後にボランティアやNPOスタッフとして活躍している人は、40~50代から何らかのかたちでNPOにボランティアとして関わった経験がある者で、退職後に始めて、始めた場合にはさほどうまくいっていないという点が統計的に検証されている。

 

  1. 古くて新しい指摘

退職にまつわる不安や危機感は、50年以上前から指摘されてきたことであり、また日本に限ったことではないことがわかる。欧米では豊かな退職生活が送られていると語られることがあるが、どうもそうではなかったようだ。そして、退職の不安にかかる分析は、現在に共通する点が多いことも注目に値する。換言すれば、「退職の不安」は未だに解決されない、古くて新しい問題であるということだろう。

ただし、50年前と異なる点もある。寿命がさらに延びたこと、そして多くの国々が財政問題に直面しており、一部の国を除いて社会保障制度を維持することが困難になっている。そうであるならば、「退職という一大トランジションに向けた準備が必要である」「それは退職してからでは遅い」という指摘をより現実味をもって取り組まねばならない。その際、定年適齢期(準備期間の人々も含む)にある者は、自らが慣れ親しんだオーソドックスな働き方だけでなく、より多様な働き方(起業やボランティア、あるいはその組み合わせ等)や多様な分野(市場だけでなくソーシャルな分野)に眼を向けることも肝要であろう。

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