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ソーシャルな仕事が人気就職ランキングに載る日

2016年06月14日

 6月1日は就活解禁日。企業の人事担当が忙しくなるシーズンの到来だ。人気業種は、相変わらず総合商社や金融、保険分野だ。そのような中、福祉や教育などソーシャルな分野で3万人もの応募が集まる若い企業がある。それがLitalico社だ。
 Litalico社とは、障害者就職支援、障害児の教育分野に従事する株式会社で、2016年3月にマザーズ一部に上場したことで話題になった。教え子が4名も就職していることもあり、同社を訪問し、長谷川敦弥社長や社員の方々と話をしたが、あっという間に2時間が経った。

 久しぶりに「本物」に出会ったという晴れやかな気持になった。Litalico社は、社会課題の解決や公的な分野で事業展開をする、”いわゆる”社会企業である。”いわゆる”と述べたのは、社会企業という言葉が一種の流行語で、特に経営がうまくゆかないNPOのアンチテーゼとして用いられることが多かったからだ。最近、大学では、NPO論では学生が集まらず、社会企業論と名称を変更したら学生が集まるようになったという話を聞いたことがある。しかし、実際のところ何がNPOで、何が社会企業なのかその区分は曖昧だ。また、支払能力のない対象や対象者向けの活動や提言活動が排除される可能性もあり、どちらかといえば私は慎重論派で、営利・非営利の双方が必要と考えている。
 だが、同社の社員にとって、そんなことはどうでもよいようにみえた。大事なのは、障害のない社会をいかに構築するのかという点であり、その1点に集中しているようにみえた。

1. 「世界を変え、社員を幸せにする」のLitalico社
 同社は創業10年。社員の平均年齢は約30歳。社長の長谷川氏も30歳で、学生インターンからそのまま就職し、創業者から引き継いで社長になった。10年間で、社員数1400人、売上高70億円に伸ばし、一部上場したのだから急成長の若手ベンチャーと言えるだろう。
 同社の障害者就労支援サービス「Wingle」は、全国53拠点で4000名の就労支援の実績を持つ。発達障害児の学習支援サービス「Leaf」は、全国60教室、1万人近くの子供たちが受講している。ITxものづくり教室「Qremo」は子供たちに自由な空間でものづくりを学ぶ教室で、2014年にオープンしたが、5教室、1000名が受講している。
 その規模や数の伸長もめざましいが、特に興味をもったのは、同社の企業理念「世界を変え、社員を幸せにする」だ。
 「世界を変える」とは、健常者のみならず様々な障害を持つ人々が自らの力を最大限発揮できる社会仕組みを築くことで、「社員を幸せにする」とは、それに従事する社員が達成感や幸福を感じるようにするという意味だ。Litalicoは「利他・利己」を捩ったものであるが、この理念に通じるものでもある。
 
 そして、この理念は、ドラッカーが、人類が二度とファシズムに陥らないための社会のあり方を模索して、1942年に出版した『産業人の未来』に通じる点がある。ドラッカーは、第二次大戦後は間違いなく企業社会になるが、その企業には経済的な役割だけでなく、働く人々に「位置と役割をもたらす」役割を果たすべきであると述べている。それは、企業が社員に対して、自らが社会に貢献していると実感できる仕事と場を提供することを意味している。ややおおげさかもしれないが、Litalico社がめざす姿と重なるところがある。

2. 東大生との質疑応答からみえるソーシャル分野の経営課題
 私が担当する東大公共政策大学院の講義で、Litalico社の社員がプレゼンを行った。活発な質疑応答が行われていたが、そのやりとりから社会(福祉・教育)分野で活動する企業の本音や本質が垣間見られた。

・障害者就労支援に従事する福祉施設との違いはなにか?
  一般のリクルート企業に従事していた社員で構成されているため、
  企業側のニーズを踏まえた事業になっている。
・株式会社が参入することに抵抗はなかったのか?
  社会福祉法人などが大多数を占める中、当初は抵抗を感じた。だが、徐々に薄まっている。
・収益基盤はどのようになっているのか?
  B to G(政府), B to C(利用者), B to B(企業)の3種類から構成されているが、
  最も大きいのは政府(国・自治体)からの収入である。
  だが、将来的なことを考えると利用者や企業からの収入を増やし収入源の
  多様性につとめたい。
・社会サービスと経営のバランスは?
  例えば、低所得者層の世帯の子供たちには割安でLeafの教育サービスを提供しているが、
  収益性とのバランスも取らねばならない。
  何度となくシミュレーションして受け入れ人数を決めている。
  また、他のサービスについてもどの程度コストをかけるべきかは何度も議論している。

これらは、企業特有というよりもソーシャルな分野での経営課題で非営利組織も共通に抱える課題だ。障害者の就職支援活動は多くの場合、社会福祉法人が担っている。そこには税制上の優遇というメリットがあるが、他方で活動に一定の制限がかかる。Litalico社は、株式会社の形態を選択したので税制上の優遇はないが、活動展開の柔軟さや資金調達方法の自由度のメリットは大きかったのだろう。それが10年間で70億円規模の事業や受益者数につながっているようにみえる。また、米国のように大型財団や大口寄付などの財源の豊かな国では非営利であってもスケールの大きな活動をする非営利法人も存在する。だが、そうした財源の乏しい日本では、企業の形態をとることで、スケールアップを可能にしたと言えるだろう。
 
3. 人気就職ランキングで肩を並べる日
 この数年、「社会課題の解決などソーシャルな分野で仕事をしたい」と希望する若者が増えている。しかし、自の生活維持との両立の難しさを考え諦めてしまうケースは少なくない。そのような中、Litalico社は、ソーシャルの仕事と生活の両立を叶えている。外資系のコンサルタント会社やIT企業からの転職者も珍しくないそうだ。前述のように、新規採用、中等採用合わせ応募数は3万人にのぼった。
 数年前に、米国の文系人気就職ランキングで、Teach for AmericaというNPOが第一になったことがあるが、Litalico社がランキングに載る日も遠くないだろう。

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