1. 懸念される“臨時給付金”の常態化
自民党は、来月7月の参院選の公約として、全国民を対象に一律2万円、子どもには1人あたり2万円を追加給付の方向で調整を進めているという。今年4月、内閣が給付金を提示したところ、世論の評判が悪く、すぐに撤回したことは記憶に新しい。今回の2万円給付の公約についても、早々にメディアや識者が、経済効果が薄く国民の不満は解消されないと批判している。
会計検査院長を務めた者として不甲斐なく思うのは、コロナ対策以来、”臨時“のはずの給付金が常態化していることだ。2020年、コロナ感染症で自粛生活を余儀なくされた国民に一律で10万円が配布されたことを覚えている人は多い。だが、その後も9種類の子育て世帯、低所得世帯向けの臨時の給付金が配られており、2022年までの合計は4.47兆円に及ぶことはあまり知られていない。しかも、コロナ感染症が収束した後も、物価高騰対策という名目で、臨時や特別給付が続いている。そして、今回の一律2万円給付だ。臨時のはずの給付金がずるずると常態化しているように見えるのだ。
2. 市区町村の疲弊
給付金の手続きをするのは市区町村だ。なぜならば、住民の基本情報は市区町村が保持しているからだ。そして彼らにとって、“臨時”とは、通常業務の他に新たに業務が加わることを意味する。この状態が5年以上にわたり続いていたのだから、負荷の大きさと疲弊は会計検査報告からでも痛々しく伝わってきた。
「事務費からみえる市区町村の限界」
そもそも、“臨時”給付金は国の直轄事業であり、本来、国が直接国民に配るものである。だが、実際には国が市区町村に業務委託している。たとえば、一律10万円の特別定額給付金の場合、予算は12兆8800億円で、内、給付業務のための事務費は1,458億円であった。給付金を配るためには相応のコストを要するのだ。
会計検査院は先の9種類の給付金に要した事務費とその使途についても分析している。図は、市区町村に支払われた事務費の使途の内訳を人口規模別に示したものである。人口50万人以上の自治体は、事務費の86.1%を委託費に投じているのに対して、人口10万人未満の自治体が委託に費やしたのは47.3%だ。つまり、規模の小さい市区町村ほど外部委託をしておらず、職員が担当業務に加え兼務するかたちで担っているのだ。人口減少と高齢化で税収のみならず人材の確保も厳しい小規模自治体の職員は、兼務に次ぐ兼務で作業に追われていただろう。

出典:会計検査院令和5年度決算検査報告「特定検査対象に関する検査状況「子育て世帯及び低所得世帯向け給付金事業の実施状況について」
「急がれる自治体のデジタル化だが。。。」
自治体の負担を軽減するためによく提案されるのがデジタル化である。確かにデジタル化は行政業務の効率化に有効である。
先の9種類の給付金の検査において、給付1件あたりの事務費も分析している。たとえば、2020年度の「子育て世帯特別給付金(1世帯1万円)」の場合463円であるが、2021年度の「その他世帯給付金(1世帯5万円)」では6753円である。この差の主な原因は、プッシュ型の給付が出来たか否かである。プッシュ型とは、予め受給者とその振込先口座が紐づいているために、申請手続きが不用で、市区町村がそのまま口座振り込みができることをさす。子育て世帯特別給付金は、自治体が保有していた児童手当のデータでプッシュ式の給付ができたが、その他世帯給付金についてはデータが無くプッシュ型ができなかったのだ。
ならば自治体のデジタル化を進めれば良いということになる。だが、そう簡単に進められない事情がある。
3. マイナンバーと世帯申請の齟齬
自治体のデジタル化でカギを握るのがマイナンバー制度だ。特に給付金や補助金の場合、対象者の世帯構成や年齢、所得、年金や奨学金、生活保護の受給状況など、様々な情報との突合作業が必要になる。その際、マイナンバーを介して情報照会することで手間や時間を大幅に縮減できる。
だが、一律給付金はどうか。10万円の特別定額給付金の際、市区町村は郵送による申請とマイナンバーによる申請の双方を処理しなければならなかった。ある市に尋ねたところ、郵送の場合には外注ができたが、マイナンバー申請は個人情報保護の観点から外部に出すことができず、職員が目視で作業していたという。2種類の異なる作業が発生していたことに鑑みれば、より負荷がかかった可能性さえある。
さらに、10万円の特別定額給付金の際、世帯主が代表して家族人数分の給付申請をしたのを覚えているだろうか。市区町村による給付金や補助金作業の殆どが世帯情報をベースに行われているからだ。ところが、マイナンバーはあくまでも個人に付与された番号である。番号だけでは、家族関係、婚姻関係、親子関係さえ分からない。そのため、マイナンバーで申請されても住民基本台帳などとの突合作業が必要だった。米国のように、個人のソーシャルセキュリティ番号と口座番号が紐づいており、そのデータを有する内国歳入庁(日本でいう国税庁)からプッシュ式で給付金が振り込まれるのとは大分事情が異なるのだ。
自民党公約では、給付にあたりマイナンバーと預貯金の口座を紐付けた「公金受取口座」のシステムの活用が提示されるようだ。しかし、全員のデータが揃わない限り、手作業は残り、それを誰かが担わねばならない。マイナンバーに対しするネガティブな国民感情を払拭しきれていないと思うが、国民全員が口座番号情報を提示するまでにどのくらいの時間がかかるのだろうか。
給付金に対してはメディアも国民も敏感に反応する。しかし、その多くは経済的な効果や公平性など、貰う側の議論だ。給付金にはそれを配るために膨大なコストがかかっていること、その事務を担う市区町村の負荷にも是非注目して欲しい。そして、前回の10万円給付の時のような混乱を繰り返してはならない。