1. 患者の素朴な驚き ~それなりの処方ではなかったのか~
私は、病院で処方された薬は、症状に応じた”それなりの薬”なのだと思い込んでいた。軽い症状であればより低機能の、より重い症状であればより高機能の医薬品が処方されていると思っていたのだ。ところがそうではなさそうだ。
高血圧治療薬である降圧剤の売上ランキングを見るとARBという高額な医薬品が上位を占めている。欧州では、高機能で高額であるために、上位ランキングに上らない医薬品だ。だが、日本ではARBが最も売れているのだ。それは、ARBが日常的に処方されており、比較的症状の軽い患者に対してもARBが処方されていることが示唆している。
同様に、糖尿病治療薬や脳血管障害に用いられる抗血小板薬も高額な医薬品が好んで使われている。最近では、アルツハイマー病薬も同じような傾向がみられるという。
2. 処方ガイドラインにみる日英の違い
高額医薬品が好んで用いられる傾向は、日本特有の特徴といってもよい。前述のように、欧州では、高額医薬品が売り上げランキング上位に並ぶことはないが、高機能高額医薬品は一定以上の症状でなければ用いられないようにガイドラインが組まれているからだ。
例えば、日英の高血圧薬のガイドラインをみると、いずれも4段階に分かれている。英国では、比較的高額なARBは、第2段階から処方するように指示されている。
ところが、日本では第1段階から、ARBを含む医薬品のどれでも選択できるようになっており、結果、医師は初期の症状段階から高機能・高額な医薬品を処方しているのだ。
3. 患者は真に高い薬を望んでいるのだろうか
先日、診察を受けた際に、医師になぜ高い医薬品を処方するのか尋ねてみた。すると「患者が望むから」という答えが返ってきた。だが、本当だろうか。多くの患者は、何が高い薬なのか、安い薬なのかの情報など持っていない。そもそも医薬品の名前さえ知らない者が殆どだ。
そういえば、昨年、妹が手術を受けた時、怒っていたことを思い出した。縫合がきつく、腹がひきつって仕方ないので、医師に相談したところ「でも、高い糸を使ったのですよ」という返答が戻ってきたのだという。
「高い医薬品、器具を使えばよい」という感覚は、患者よりも医師や医療機関側に根付いているものなのではないか。
4. 費用対効果分析をガイドラインに含めるべき
一体、どういった経済観念なのだろうと思い調べてみると、中医協が、2016年度診療報酬改定において、医薬品に関する費用対効果分析導入の検討を提案している。つまり、これまでは、医薬品についての費用対効果の分析がなく、処方ガイドラインが定められていたということだ。
患者(消費者)にとってみれば、最も基本的な費用対効果分析がなかったというのは、意外というよりも驚きだった。これでは、高機能・高額の医薬品が安易に処方されてしまう訳だ。
医薬品の費用対効果分析は導入ができないほど困難なのか。だが、既に実施例が存在している。欧州やオーストラリアでは、医薬品や医療技術の費用対効果分析結果を用いて、保険償還の可否を決定している。費用対効果分析の手法については、技術的に開発の余地があるかもしれないが、決して不可能なことではないのだ。
日本において、費用対効果分析をガイドラインに組み込むことは急務であろう。そこでは、先発薬、後発薬の区分をする理由はない。また、それによって大きな節減効果が期待できるであろうし、保険者や政府の負担軽減につながるだろう。だが、何よりも重要なのは、患者が必要以上の負担をせずに病気を治すということだ。