書籍・論文

1 市民社会政策研究

21世紀に入り、世界の統治のあり方が変容する中で、特に公共領域における官民の役割とその再編が大きな課題となっている。それは途上国のみならず、知識基盤社会を標榜する先進国諸国においても大きな課題となっており、いまだ、手探りの状態にある。本研究は、各国の市民社会政策の特徴とその課題を定量・定性的な調査をもって明らかにすることを目的とする。

2 非営利組織研究

2-1 非営利組織の社会的イノベーション力促進のためのアセスメント・ツール開発 (2007年~トヨタ財団助成および科研費研究事業)

本研究は、民間非営利組織の評価手法、すなわち、社会的使命に基づき活動する組織のパフォーマンス、持続性、イノベーション力(創意工夫力)を確認し、その結果を組織の成長に生かすための評価手法(アセスメント・ツール)を開発することを目的とする。  わが国のNPO法人(特定非営利活動法人)についてみると、NPOは既存の方法論では解決困難な社会問題に対し、独自の視点や工夫によるアイディアを市民の発意とネットワークによって支えられ事業化し、新たな解決策を提示してきた(イノベーション力)。またそれが社会的な関心を集めてきた所以である。だが、行政改革、「官から民」への流れの中で、NPOは独自の創意工夫による問題解決策の提示と実践だけでなく、持続的に一定水準の公益的な事業やサービスを提供する経営体としての役割も求められるようになっている。しかしながら、非営利セクターには企業の売り上げに匹敵する明確なボトムラインが存在しない。そこで求められるのは、イノベーション力を維持しながら、自立的、持続的に経営するためのモデルであり、そのための「目安」としての判断材料と基準である。  具体的には以下の2つの分析作業から、先の「目安」としての評価手法(アセスメント・ツール)ノ開発を行なってゆく。第1に、1.4万団体のNPO法人財務データベースを活用し、財務分析を行なう。ここからNPOセクター全体の財務状況、さらには団体の成長要因を探りながら、財務的に良好な団体を抽出してゆく。第2にイノベーションに関する分析を行なう。「イノベーションは天才のひらめきではなく、体系的な探求の仕事である」という考え方にもとづき、イノベーションを排出しやすい組織環境、思考方法の要点を先行研究から明らかする。これをもとにアセスメント・ツールを作成する。このツールを用いて第1作業で抽出された団体に対して分析を行なうというものである。この試行錯誤のプロセスにおいてツールの実行可能性を精査しながらアセスメント・ツールを完成させてゆく予定である。

2-2 小さな政府時代のNPO政策

(1) 行財政改革政策とNPOセクターへの影響

行政、制度・法律とNPOの関係を明らかにするために2005年7月、2千件のNPOに対するアンケート調査およびヒアリングを実施した。ここで明らかなり始めたのはNPOの収入構造の変化でその7割近くを行政資金に依存するという傾向が見られる。また、寄付金や会費など民間から調達した資金は少ない。その一方で、極端に安価な値段で行政から業務委託するケースが急増しており、NPOセクターの様相に変化をもたらしている。このような実態をセクター全体で把握すべく定性的・定量的に分析し、今後のNPO政策を検討する際の基礎的資料を提供することが必要である。また、自立した非営利組織の経営モデルを分析、提示してゆく必要があるだろう。 重要なのは、このような現状を導いた要因の解明であるが、明らかに国、地方の施策の影響は大きい。則ち、小泉改革路線の中で急速に進められてきた行政改革の受け皿として民が担う公が叫ばれ、指定管理者制度、支援費制度などが次々と作られ、これによって安価な値段でNPOへの業務委託が可能になった。各省庁のNPO関連予算も急増傾向にある。各省庁ばらばらに策定されるNPO予算の動向は所轄官庁である内閣府でさえ把握が困難である。国、地方として我が国の民間非営利セクターをどうしたいのか政策がみえてこないのである。本研究は、NPOの現状分析や国・地方の政策的動向を明らかにした上で、政治・行政、経営学などの複数分野の専門家、実務家からなる研究チームをつくり、行政改革の裏で抜け落ちている民側の制度設計のあり方を明らかにしてゆく。なお、超少子高齢化、財政破綻に直面する日本が持続可能な社会システムを再構築するための第一段の研究と位置付けている。

2-3 非営利組織と社会装置(仲介機能インターメディアリ)

民間非営利組織(NPO、NGO)は営利をミッションせず、サービスを提供する対象からは対価を貰わないことを原則とするため、常に、第3者に活動原資を求めなければならない。資金調達、ひいては経営の不安定さを殆どの非営利組織が訴えるのはこのような本質的、構造的な問題に起因するからである。他方、非営利組織に対して寄付、ボランティアなどの人的資源を提供したいと考える組織、市民は多いが、それを実行にした者は50%程度に留まるのが現状である。また、国際社会に着目するとNGOとパートナーを組みたいと考える国際機関は急増しているが適格なそれを見出すことに苦労している。つまり、顕在的、潜在的資源は存在しながらそれが非営利組織に届いていないのである。このような現象をミスマッチ問題とし、トランザクション・コスト論を用いて分析し、原因を非営利組織と資源提供者の間で生じる過度なコスト(検索、交渉)であることを指摘した。問題解決策として、これらのコストを軽減するための社会装置として仲介機能、すなわちインターメディアリを提案した。英国、米国のインターメディアリ事例をトランザクション・コスト論を用いて機能分析しながら、特に評価機能が重要であることを指摘し、非営利組織の評価手法を具体的に示しながら、仲介機能における評価の重要性を提示した。 (なお、インターメディアリ論をベースに東南アジア、南部アフリカにおいて仲介機能を有するNGOの育成プロジェクトを展開したが、詳細は後述する。)

2-4 非営利組織の評価とアカウンタビリティ研究

(1) 非営利組織の評価

非営利組織には企業の財務諸表にあたる業績を測定するメカニズムがないことを最初に指摘したのは、恩師、ピーター・F・ドラッカ−氏である。経営学をベースに同氏がハーバート・ビジネス・グループと共同で開発した非営利組織の自己評価手法を日本に最初に紹介したが、この手法を用いて、国会図書館、生協、自治体、NPO、NGOの評価分析をこれらの組織の構成員と共同で実施した。更に、日本のユーザーを意識し、日本での活用事例と自己評価手法の使い方をより精緻に説明した解説書とコンパイルし、第2編を出版した。 ドラッカーが提示した評価手法は、1960年代から米国を中心に開発されてきた非営利プログラムの評価手法とは大きく異なる点がある。つまり、経営とイノベーションを基軸にした評価は、過去に設定した目標と現状の成果を比較して目標達成度を判定する従来の評価手法とは異なる。むしろ、過去に設定した目標と現状ニーズとの差異を発見し次期戦略や計画を策定することを奨励する。この点は学術研究として指摘したが、我が国の行政評価においてようやく指摘され始めた問題点に答えを示唆するものである。

(2) 民間非営利組織のアカウンタビリティ研究

途上国における開発に着手するNGOの役割はますます重要視されている。また90年代の世界銀行を経済志向から社会開発志向に変える原因を作ったのも国際NGOであると言われている。しかしながら、国境を超えて活動するNGOに対する国際ルールは存在しない。また、途上国の住民の意見を代弁する場面が少なくないが、当該国の住民から選挙で選ばれていないNGOの代表制や正当性の問題も指摘されるところである。さらには、NGOのミッションが途上国の貧困層を裨益することにありながらも、実際にはドナー向けのアカウンタビリティに時間とエネルギーを充当していることが多い。このように、NGOのような非営利組織のアカウンタビリティのルールや方法論は未整備のままである。2000年、民間非営利組織(NGOなど)のアカウンタビリティと評価について理論構築を目的にハーバート大学と慶應義塾大学の共同研究が開始された。私は日本側研究チームの研究員として研究と調整役を担った。コーポレートガバナンスや戦略論と非営利組織の組織構造を比較しながら、ミッションをベースに自らの成果を明らかにしながら、多様なステイクホルダーズとの交渉と調整を行う戦略的アカウンタビリティのあり方を提示した。

2-5 国家とNGO ~アジア15カ国比較~

NPO論は米国、英国の経済学者や社会学者を中心に築かれたものである。この理論をベースにアジア諸国のNGOを解説した研究論文が複数存在するが、現状と異なるという批判がアジア諸国の研究者、実践者から出されて久しい。また、NGO、NPOの機能に着目するために、中国のNGOもバングラデシュのそれも同じような姿で描かれてしまうことが多い。本研究はアジア経済研究所の地域研究家を中心にチームを組み、西欧先進諸国とは異なるアジアの途上国の文脈に適したNPO論を構築するために、15ヵ国の調査実施し比較研究を行った。私はメンバーとしてシンガポールを担当した。  西欧のNPO論、市民社会論は資源が充足する中での、政府セクター、企業セクターとの比較優位でNPOの存在意義を説明する。また、日本、アジア諸国の地域社会に存在する伝統的な地縁共同体、パトロン関係なども西欧流の定義に基づけばNPOと位置付けられる。本研究ではこれらの地縁共同体はNGO、NPOとは別組織と位置付けた。そして、NGOの姿を規定する要因として国家を挙げ、国家とNGOとの関係に着目して各国の分析を行った。ここで明らかになった点は複数あるが、中でも、NPOの存在意義を「小さな政府」論に求めていたのは日本のみであるという点である。バングラデシュのような途上国においては、脆弱な政府に対しNGOは、政府のガバナンスを構築し、より大きな政府として社会サービスを提供することを働きかけているという点である。

2-6 公益法人調査

公益法人制度法案が平成18年1月国会で承認されることになる。実に115年ぶりの法改正である。公益法人の実態については90年代初頭まで全く公開されなかった。そのような中で、スキャンダル記事や天下り問題がマスコミや国会で取り上げられてきた。まずは現状を明らかし関係者のみならず国民に明らかにすべきであるという問題意識のもと、故林知己夫(元数理統計研究所所長)をヘッドに公益法人調査を実施した。  サンプル選定には1/8の等確立を用い、分析の段階では、巨大法人と中小法人、行政業務補完型法人と民間イニシャティブ型法人にカテゴライズし、それらの分布状況を明らかにした。さらには数量化III類を用いて財団法人、社団法人の差異、さらには設立年代と行政補完型組織増加との関係などを明らかにしていった。

2-7 企業の社会貢献(corporate citizenship)国際調査

1987年より8年間にわたり企業の社会貢献の周知・啓蒙を目的に米国、英国、東南アジア、欧州、オーストラリアの企業の社会貢献の事例調査を実施した。企業が社会貢献は19世紀、資本家が横行する時代に始まるが、それが合法的に認められるようになったのは1936年、第一次大戦後である。その後、60年代の対抗文化、反公害、反企業運動を経て、企業の社会貢献はよりシステマティックになってゆく。同時に従業員との関係、消費者との関係の変容ぶりも伺える。社会貢献活動のパートナー、あるいは圧力団体ともなり得るのがNPO、NGOであるが、60年代の企業批判のように市場の外から批判するような活動から、消費者運動、さらには個人や機関投資家の力を利用した社会責任投資のように市場の中から影響力を行使する活動もみられ、その変遷ぶりも明らかにしている。

2-8 非営利組織のマーケティングと広告に関する研究

日本の非営利組織の公報や広告活動についてアンケートとヒアリングから実態調査を行い課題を抽出した。また、媒体関連会社の支援を募り非営利組織の公報活動を支援する米国組織(Ad Council)を先進事例と位置付け、その役割・機能、さらには社会的効果を分析し、この種の社会装置が日本にも必要であることを提案した。 本研究は競争的資金によって行った。『財団法人吉田秀雄記念財団平成9年助成研究』

2-9 その他:データベース整備,用語整備

大阪大学、実務者団体によるデータベース整備、用語整備事業に参加し、非営利研究の環境整備に努めた。

3 評価研究

3-1 大学評価

大学評価は学校教育法ならびに国立大学法人法に基づき、高等教育機関の責務として義務づけられるようになりなった。しかし、その方法論や体制の在り方については試行錯誤が続いており、今後も改善に向けて不断の努力が必要とされている。  独立行政法人 大学評価・学位授与機構 評価研究事業の一環として大学評価をより効果的・効率的に実施するための方法論について研究を進めている。ここでは評価の問題をPDCAサイクルや経営という広い視点から捉え、企業、行政府機関、NPOやNGOなど大学以外の組織の取組の実績から学び、大学に有益な情報を抽出しながら、その適用性を探ることにした。 第1に行ったのが、代表的な各種手法にかかるレビューと紹介である。バランスド・スコアカード、SWOT分析、戦略的計画法などの手法が有する機能をPDCA別に整理した。他方で、大学評価の課題を整理したが特に、目的・目標も含む計画立案力の問題が主たる問題として浮上した。そこで、先の手法の中からSWOT分析、バランスド・スコアカードについて大学の協力を得て試行し大学への適用可能性と課題を探った。また、これらの試行的作業から明らかになったのは学内体制の問題である。多様な目的、関心をもつ学部・学科から構成される自律分散的な構造を有する大学組織において、共通の目的を掲げ、共有することは他組織に比較しても困難な点が多く、またそれが大学組織の主たる特徴のひとつである。このような特徴を有する組織において、計画や評価のタスクを進めてゆくための促進・疎外要因を整理することは、手法の紹介とともに必要になる。 第2に取り組んでいるのが、評価可能性の問題である。大学評価にかかる実績が少しづつ積み重なれているが、大学評価にかかる課題も顕著になってきた。そのひとつが、評価可能性の問題である。特に国立大学法人結果が発表された2009年、この結果を鑑み、政策評価・独立行政法人評価委員会(総務省)や財政制度審議会(財務省)より、評価結果が曖昧であること、ならびにその原因として評価可能性の問題が指摘されている。 では、評価可能性を引き上げ、大学の評価能力を向上させる方法論はないのだろうか。そこで提案するのが、Evaluability Assessment(EA)である。EAとは計画立案段階で、計画の評価可能性をチェックし、同時に評価作業のための準備もある程度整えるための手法で、1970年代に米国政策評価の専門家であるJoseph Wholeyによって提案された手法である。したがって、本研究では、大学の評価能力向上を目的に、EAの大学への適用可能性とそのための条件を探ることを目的とする。ここでは、研究者および実務者からなるチームを編成し、EAの基本フレームワークと先行研究を精査した上で、実際に大学においてEAのシュミレーションを実施しながら、日本の大学の文脈におけるEAの適用可能性や限界点を明らかにしてゆく。

3-2 政策評価制度,マニフェスト評価

現行の政策評価制度は「各府省が、自らその政策の効果を把握・分析し、評価を行うことにより次の企画立案や実施に役立てる」と定義されている。そのバックボーンをPDCAサイクルとし、主たる目的を国民へのアカウンタビリティとしている。  しかしながら、この政策評価の体系は府省の上位にある政治レベルでの政策決定プロセスを評価の対象から外してきたため、いくつかの矛盾を生じされることになっている。平成18年より制定された市場化テストにおいては、モデル事業の評価結果は政策決定プロセスで無視され、評価結果とは異なる決定が成されている。政治レベルでの政策決定プロセスと政策評価結果が分断されてしまっているのである。類似の現象は独立行政法人改革などにも見られる。  政治の決定によって府省が実施する政策評価のPDCAサイクルが壊されることがあるとすれば、明確な説明がなくても府省の上位にある政策目標の変更が可能になり、結局は国民に対してアカウンタビリティを果たしていないことになる。  本問題の解決の方向として、政治が有権者に公約(約束)として提示した政策の領域と現行政策評価の2つの領域をつなぐ評価体系を築くことではないだろうか。その方法としてマニフェスト評価アプローチがあると思われる。  本研究は政治の決定プロセスが大きな影響を与えている制度や政策の評価事例に着目しながら、現行制度の課題を構造的に分析し、政治領域の評価との連携に解決の方向を見出しながら問題提起することにある。

3-3 ODA評価

(1)ODA政策評価研究:政策の上流と行政業務の連動

アカウンタビリティへの高まりの中で評価が法的に定められ全省庁が取り組み始めた。中でも外務省のODA評価は80年代初頭からその取り組みが行われており、評価ガイドライン策定、評価手法の開発が進められている。しかしながら、これらの評価は政策判断のもとに定められた事業や対象国における効果の説明にとどまっているのが現状である。つまり、援助の対象となった国や当該事業を日本政府が選択したことの妥当性を分析することは行われていないのが現状である。また、評価研究では、政策に踏み込むことは政治学の分野であるとして距離をおいてきたという経緯がある。 本研究は、ODAの一形態である構造調整借款を取り上げ、その20年の推移をレビューしながら、その背景にある最も上流の政治的判断および政策判断をオーラル・ヒストリー手法とデータ分析を用いて明らかにした。これまでODAを規定する政策判断や外交政策とODA評価が分断されて説明されてきたが、歴史的視点を評価に導入することによって政策の上流部分とODA実施状況(現場)を貫いてみることができた。

3-4 ローカル・マニフェスト評価

昨今の国および地方選挙では、マニフェストを掲げる候補者が急増している。マニフェストは、政策を提示、実行し、その評価情報を有権者に公開して初めて機能することになる。だが評価の仕方はまちまちで、キャッチーなインプット目標を列挙してマニフェストとし、目標達成率が高かったと説明されていることが多い。政策、施策、計画からなる政策体系、さらにはその実行過程と成果に到る工程を論理的に整理し、これらを評価基準として設計する必要がある。 平成16年マニフェストを掲げて当選した5人の知事を評価し、公開討論する場が北川元知事のイニシャティブでつくられた。評価は知事自身の自己評価と大学関係者やシンクタンクによる第3者評価の2種類が行われた。本論は、第3者評価のため、政策体系から実行過程、成果に到る工程を論理的に整理しそれを評価基準の設計に反映させた。実際にこれらを用いて評価者が作業したが、その過程で政治学出身と行政学者出身の評価者の見解の相違や、成果測定方法の困難性などの問題が浮上しているが、これらはマニフェスト評価の課題そのものである。

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